バスに乗って、鎌倉東部の「小さな旅」へ

北条政子 鎌倉も中央から離れるにつれて、見所は少なくなっていきます。東端の十二所(じゅうにそ)と呼ばれる地域のお寺や神社は小さくてほとんど無名で、「観光」というよりは「小さな旅」という感じです。
しかし、歴史好きな人なら一度は訪れてみたい史跡が集まっています。 朝比奈切通しは1km以上山中を歩きますから、「たいへん」と思う方は入口のあたりだけ見て、雰囲気を味わったら引き返してください。バスに乗って来た道を引き返し、帰りがけに途中下車して、報国寺や杉本寺、鶴岡八幡宮などに寄るのもよいでしょう。コース内でトイレがあるのは光触寺だけです。見えにくいですが、門の右側の裏にまわりこむとわかります。なお、コンビニも少ないので、軽食と飲み物は必ず持っていくこと。

※原則として、閉門の30分前までに入場してください。

【距離】
◆「泉水橋」バス停ー明王院:約250m

【アクセス】
鎌倉駅東口5番のバス停から「金沢八景駅」行き、または「鎌倉霊園正門前大刀洗」行きに乗り、「泉水橋」で下車。

十二所周辺の略地図

【このコースと合わせやすい観光コース】
金沢街道沿いの美しい3つのお寺(バスで鎌倉駅方面へもどって途中下車。)
鶴岡八幡宮から荏柄天神社まで(バスで鎌倉駅方面へもどって途中下車。)

明王院

明王院

緑に包まれた閑静なお寺

明王院は1235年(嘉禎元)年、源実朝が暗殺されたあとに朝廷から迎えられた鎌倉幕府第4代将軍・藤原頼経により建立されました。 幕府の鬼門の方角に当たるため、鬼門除けの祈願所として、五大明王をまつっています。境内は撮影禁止なので門前の写真しか載せられませんが、春は桜に包まれ、梅雨には紫陽花が咲き、とてもきれいです。

【観光情報】
拝観料◇無料
時間◇境内自由/見学に要する時間◇10分〜15分ほど
休日◇とくになし/TEL◇0467-25-0416

矢印酔鯨館

◆明王院ー梶原景時の屋敷跡:約300m

【途中情報】
「さろん・ド・酔鯨館」という建物があります。

梶原景時の屋敷跡

梶原景時の屋敷跡

源頼朝の腹心の御家人を想う

歴史好きな方なら、梶原景時の名前はご存知でしょう。源頼朝のあつい信任を得た一方、源義経とはことごとく対立し、讒言によって死に追いやった悪役ということになっています。
ただ、これは義経の天才を理解できなかっただけで、梶原景時の政治力や戦闘力は相当なものだったと言えるでしょう。
梶原景時の屋敷跡へは、明王院の正面入り口の石碑の左側の道をたどって行きます。といっても、目印は何もありません。行き止まりまで行って、鎌倉時代に想いを馳せるだけです。

【観光情報】
時間◇ー/見学に要する時間◇3分ほど

矢印大江広元の屋敷跡の碑への道

◆梶原景時の屋敷跡ー大江広元の屋敷跡:約450m

【途中情報】
大江広元の屋敷跡の碑へは、川沿いの道を歩きます。碑は、この写真の右側の電信柱の近くに立っています。

大江広元の屋敷跡

大江広元の屋敷跡

源頼朝を支えた名政務官を想う

大江広元は早い時期から源頼朝に従って公文所の別当(長官)となり、公文所が政所となってからは、その別当として朝廷との交渉などにあたりました。 政務に通じ、今日でいう官房長官のような役割を果たしていました。
鎌倉幕府のナンバー2として歴史に名を残した才器の屋敷跡を訪ねます。石碑は住宅地の中にさりげなく立っているのでわかりにくいですが、川沿いの住宅の一角にあります。対岸から見えます。

【観光情報】
拝観料◇無料
時間◇ー/見学に要する時間◇3分ほど

◆大江広元の屋敷跡ー光触寺:約300m

光触寺

光触寺

踊り念仏の元祖、一遍上人ゆかりのお寺

光触寺は、鎌倉時代中期、踊り念仏で民衆を導き、時宗の開祖となった一遍上人ゆかりのお寺です。本堂は江戸時代中期の元禄年間に建てられ、修復を重ねた歴史のあるものです。こじんまりとしていますが、境内はお堂や樹々の配置がよく、気持ちがよいところです。

【観光情報】
拝観料◇無料
時間◇とくになし/見学に要する時間◇10分〜15分ほど
休日◇とくになし/TEL◇0467-22-6864

光触寺のくわしい情報はこちら

◆光触寺ー十二所神社:約600m

十二所神社

十二所神社

光触寺の鎮守だった小さな社

十二所神社は、もとは光触寺の境内にありましたが、江戸時代後期の1838年に現在の場所に移りました。 階段を上がって小高くなった境内は休憩地として適しており、お昼時にはしばしばグループのハイカーがお弁当を広げています。 ただし、水やトイレはありません。

【観光情報】
拝観料◇無料
時間◇ー/見学に要する時間◇10分ほど
休日◇とくになし/TEL◇ー

◆十二所神社ー梶原太刀洗の水:約600m

梶原太刀洗の水

梶原太刀洗の水

梶原景時が血刀を洗った清水

源頼朝は配下の武士、千葉広常に謀反の怖れありという知らせを受け、腹心の梶原景時に暗殺を命じました。千葉広常の屋敷は明王院の奥にあったというので、梶原景時の屋敷とは近かったのでしょう。
1183年12月、梶原景時は何食わぬ顔で千葉邸を訪れ、双六をしながら隙をうかがい、刀を振るって一瞬にして首を落とすと脱出し、この湧き水で刀を洗ったと伝えられています。

【観光情報】
時間◇とくになし/見学に要する時間◇1〜3分ほど
休日◇ー

◆梶原太刀洗の水ー朝比奈切通し(入り口の石碑):約15m

朝比奈切通し

朝比奈切通し

スケールが大きい鎌倉七口のひとつ

鎌倉は前方を海、後方を山で囲まれた天然の要害でした。鎌倉の中央部へ至るには、七口と呼ばれた7本の切通しを使っていました。切通しとはその名が示すように、切り立ったがけの間に通された細い道でした。
道の真ん中には大きな岩が置かれるなど、とくに騎馬の軍勢を通りにくくして、敵の侵入を防いでいました。朝比奈切通しはそのひとつで、当時の様子をとどめています。

【観光情報】
時間◇ー/見学に要する時間◇30分ほど

◆朝比奈切通し(入り口の石碑)ー(切通し)ー「朝比奈」バス停:約1.3km
◆朝比奈切通し(入り口の石碑)ー「十二所」バス停:約950m

周辺の地図

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