飾り気のない素朴な見所をへて、和賀江島へ

西行 中世における商工業者の組合を座と呼び、鎌倉には7つの座があったと伝えられます。その中で材木座だけが、材木座海岸という名前にその存在を遺しています。 材木座の名前は、鎌倉南東のJR横須賀線よりも海側の地域の住所ともなっています。鶴岡八幡宮周辺に武士が集まっていたのに対して、この周辺には商工業にたずさわる人々が多く暮していました。 庶民の暮らしを感じるお寺や神社を訪ねながら、史跡和賀江島をめざします。
なお、このコースにはトイレが少ないので、行けるときにはなるべく行っておくようにしてください。

※原則として、閉門の30分前までに入場してください。

【距離】
◆「長勝寺」バス停ー長勝寺:約30m

材木座周辺の略地図

【アクセス】
JR鎌倉駅東口のロータリー向かい側の3番のバス停から「緑ヶ丘入口行き」に乗り、「長勝寺」で下車したら、すぐです。


【このコースと合わせやすい観光コース】
渋い魅力の大町のお寺と神社
(2コースを合わせるとやや広くてポイントも多いので、取捨選択してください。)

長勝寺

長勝寺

日蓮上人の大きな像がある

日蓮宗のお寺で、妙法寺、安国論寺と並んで、日蓮の松葉ヶ谷草庵の跡と伝えられる場所のひとつです。 境内には四天像に囲まれた大きな日蓮の石像が立っています。 日蓮が辻説法をして襲われたとき、帝釈天の使いである白猿に救われたことから、帝釈堂が置かれています。境内にいると、しばしば読経の声が聞こえてきます。

【観光情報】
拝観料◇境内無料
時間◇とくになし/ 見学に要する時間◇10分〜15分ほど
休日◇とくになし TEL◇0467-25-4300

長勝寺のくわしい情報はこちら

矢印庚申塔

◆長勝寺ー来迎寺:約400m

【途中情報】
道が二股に分かれ、庚申塔(こうしんとう)があります。ここを左へ入ります。

来迎寺

来迎寺

源義朝・源頼朝を支えた武将、三浦義明の墓がある

三浦義明は三浦半島に勢力を広げ、平安時代末期には源義朝の東国覇権確立を支えた武将です。源義朝が平清盛に敗れて殺され、その20年後、嫡男の源頼朝が挙兵したときにも駆けつけましたが、 すでに頼朝は敗れて落ち延びており、三浦義明は奮戦して戦死しました。 のちに覇者となった源頼朝が、父と自分の可能性を信じて忠義を尽くし、報いられることなく逝った老将の死を悼んで建てた真言宗の能蔵寺というお寺が時をへて、時宗の来迎寺(らいこうじ)となりました。境内には、今でも三浦義明と一族の墓があります。

【観光情報】
拝観料◇境内無料/ 時間◇とくになし
見学に要する時間◇5分〜10分ほど/ 休日◇とくになし TEL◇0467-22-0639

◆来迎寺ー五所神社:約250m

五所神社

五所神社

材木座一帯の鎮守の神様

材木座一帯の鎮守の神様です。1908(明治41)年に村の合併が行われたとき、5つの神社がひとつになったため、五所神社といいます。 小さいながら地元の人々の支えを受けて、6月第2日曜日の例大祭である乱材祭(みざいまつり)には神輿が街を練り歩き、海に入ります。

【観光情報】
拝観料◇境内無料
時間◇とくになし
見学に要する時間◇5分〜10分ほど
休日◇とくになし TEL◇0467-25-0949

五所神社のくわしい情報はこちら

◆五所神社ー実相寺:約150m

実相寺

実相寺

『曽我物語』の敵役、工藤祐経の屋敷跡

鎌倉時代初期に所領争いから起きた実話をもとにした敵討ちの話、『曽我物語』の中で、曽我五郎と十郎の兄弟に討たれた工藤祐経(すけつね)の屋敷跡と伝わるお寺です。 工藤祐経の娘の子に日蓮の高弟となった日昭がおり、実相寺を開きました。墓地の石段を上がると、正面に日昭の墓があります。

【観光情報】
拝観料◇境内無料
時間◇とくになし
見学に要する時間◇5分〜10分ほど
休日◇とくになし TEL◇0467-22-7997

矢印稲荷の祠

◆実相寺ー九品寺:約200m

【途中情報】
青と赤の色が特徴的な稲荷の祠があります。右へ行くと九品寺の立つバス通りに出ます。

九品寺

九品寺

鎌倉幕府を滅ぼした新田義貞の陣地跡

1333年、新田義貞は難攻不落を誇った鎌倉に攻め入り、ついに鎌倉幕府を倒しました。その際、本陣を置いた場所と伝えられています。 のちに滅ぼした北条氏側の人々を供養するために建てたのが、九品寺(くほんじ)です。なお、九品とは生前の行いによって9種類の往生があるとする考えのことです。

【観光情報】
拝観料◇境内無料
時間◇9:00〜17:00/ 見学に要する時間◇5分〜10分ほど
休日◇年中無休 TEL◇0467-22-0639

矢印補陀落寺へ入る道

◆九品寺ー補陀落寺:約300m

【途中情報】
この商店の横の道を北へ入ると、補陀落寺はすぐです。

補陀落寺

補陀落寺

源頼朝の祈願所であったお寺

補陀落とは観音菩薩が住むとされるインドの山の名から来た言葉で、源頼朝の祈願所として創建されました。 往時は7つの堂宇を備えた大きなお寺でしたが、竜巻の被害を受けて衰退し、現在は小さな建物を残すのみです。寺宝として、十一面観音立像をはじめ、すぐれた仏教彫刻を蔵しています。

【観光情報】
拝観料◇境内無料
時間◇とくになし
見学に要する時間◇3分〜5分ほど
休日◇とくになし TEL◇0467-22-8559

◆補陀落寺ー光明寺:約400m

光明寺

光明寺

北条家や徳川家の崇敬を受けた大寺

鎌倉幕府第4代執権、北条経時は然阿良忠という僧のために、佐助稲荷があり銭洗弁財天も近い佐助ヶ谷に蓮華寺というお寺を建てました。その蓮花寺が移ってきて、名を変えたものとされています。 光明寺は鎌倉幕府の歴代執権の帰依を受け、のちには徳川家康によって浄土宗学問所関東十八壇林の第一位とされて栄えました。美しい枯山水の庭を有する大寺院です。

【観光情報】
拝観料◇境内無料
時間◇4月1日〜10月14日 6:00〜17:00/ 10月15日〜3月31日 7:00〜16:00 見学に要する時間◇30分〜50分ほど/ 休日◇年中無休 TEL◇0467-22-0603

光明寺のくわしい情報はこちら

◆光明寺ー和賀江島:約500m

※交番の前を過ぎて東へどんどん進んで行くと、トンネルの手前に海へ降りる道があります。

和賀江島

和賀江島

我が国最古の築港遺跡

材木座海岸は、鎌倉時代には和賀江津と呼ばれて賑わいましたが、遠浅であったため荷物の上げ下ろしに適さず、風波によって難破する船も少なくありませんでした。 そのため大きな根石の上に丸石を積み上げて、港がつくられました。現在は崩れて、干潮のときには広大な河原のようになります。

【観光情報】
時間◇足場が悪いので、日中に行ってください。
見学に要する時間◇10分〜30分ほど

和賀江島のくわしい情報はこちら

◆和賀江島ー「飯島」バス停:約300m

【アクセス】
光明寺と和賀江島の間の「飯島」バス停から鎌倉駅へもどれます。

【はみ出し情報】由比若宮(元八幡)

由比若宮(元八幡)

源氏と鎌倉のつながりの始まり

平安時代後期から末期にかけて武士団を率いた源氏の祖、源頼義は前九年の役で奥州の安倍頼時、貞任父子を討って京へ帰る途中、戦勝を祈願した京の石清水八万宮の神霊を招いてここにまつり、源氏の氏神としました。 のちに源頼朝がこのお宮を鎌倉の中心部に移したのが、鶴岡八幡宮です。そのため由比若宮は元八幡とも呼ばれています。 いわばここは源氏と鎌倉の始まりの地。帰りのバスを「元八幡」で降りて、ぜひ、立ち寄ってみてください。

【観光情報】
拝観料◇境内無料/ 時間◇とくになし
見学に要する時間◇5分〜10分ほど/ 休日◇とくになし

由比若宮のくわしい情報はこちら

周辺の地図

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